「青山荘」のこと

しばらく前に、日本軽金属の方から「青山荘」のことについて比較的詳しいお話を聞くことができましたので、備忘録としてここに書き留めておきます。

「青山荘」というのは、現在は日本軽金属㈱の所有で、日本軽金属関係の食事会や宴会、接待など迎賓館として使用されている古い和洋折衷の建築物です。一般には開放していません。

JAしみずの「しみずふるさと探訪」というサイトでは、次のように紹介されています。

明治の元勲で宮内大臣も勤めた田中光顕(たなかみつあき)伯爵が大正時代に建てた和洋折衷の白亜の洋館です。
大正7年に、同じく別荘で隠退生活を送っていた富士市岩淵の古谿荘から移り住み、97歳で亡くなる昭和14年まで終の棲家として21年間を過ごしました。田中伯爵は同郷の坂本龍馬、中岡新太郎とともに倒幕運動に身を投じましたが、明治維新後は明治政府につかえて岩倉具視らと欧州を巡察。西洋の文化に触れ、別荘建築にもこの見聞が生かされています。

以上で引用したことと同じような趣旨の話をお聞きした後、①田中伯爵がこれからアルミは重要な産業になると、蒲原にアルミ工場を作るのに力を尽くした縁で、没後、日本軽金属が所有することとなったこと、②坂本龍馬が暗殺された時、真っ先に現場に駆けつけたのが田中伯爵であったこと、③元々は、徳川光圀の別荘「西山荘」と同じ名前を付ける予定だったが恐れ多いので「青山荘」としたこと、なども聞くことができました。

地元にこのような由緒ある建物があるとは知らず、大変感銘した次第です。

静岡県静岡市清水区蒲原中592

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