「みんなゲージュツ家」に行った。ードクメンタの話・公募の話

先日、紹介した「富士の山ビエンナーレ」のプレ企画、静岡市清水区蒲原の旧五十嵐邸歯科医院で行われた「みんなゲージュツ家」のイベントに行きました。

午前中に行われた注目のワークショップとして紹介した「消しゴムでハンコを作ろう!」には、仕事の都合で参加できず、午後からの参加となってしまいました。残念でした。

参加メンバーが、Messengerにアップした写真を紹介しておきます。

楽しそうですね。

午後からは、昨年開催された「ドクメンタ」という芸術祭の報告。報告したのは、富士の山ビエンナーレのディレクターを務める小澤慶介さんでした。

実際に行って来たという小澤さんの報告は、50分という短い時間ながら、ユーモアを交え判りやすく、「ドクメンタ」にあまり馴染みがない私もよく理解することができました。

「ドクメンタ」とは何かは、以下の引用を参考に。

ドクメンタの最初の目的は、ナチスドイツが「退廃芸術」として排斥した前衛芸術の名誉回復を行い、芸術を復興させることだった。第一回は1955年で、美術家・建築家・デザイナーであり、カッセル芸術アカデミーの教授だったアーノルド・ボーデの主導で開催。会場のカッセルは戦禍を被っていたため、街の復興という意味合いも含むものとなる。

過去のドクメンタには、カッセル市に7000本の樫の木を植えるプロジェクトを始めたヨーゼフ・ボイスや、ゲルハルト・リヒター、アンディ・ウォーホル、アイ・ウェイウェイなど、世界中の名だたるアーティストが参加してきた。

主に五年ごとの開催であるため、「アート界のオリンピック」とも称されるが、ドクメンタに勝敗はない。規模が大きいにも関わらず、アート・マーケットとは一線を画する存在で、視点が中立的とされる。ーSPICE エンタメ特化型情報メディア スパイスより

いろいろお話があった中で、とくに印象に残っているのは、以下の2つの作品についてのお話です。

アルゼンチン出身のマルタ・ミヌヒンによる「The Parthenon of Books」というパルテノン神殿風の巨大な作品です。

アルゼンチンが軍政だった頃、禁書扱いされた多数の書籍を中心に梱包用のラップで「神殿」に縛り付けたものだそうです。

ちなみに上で引用したサイトでは、この作品が設置されたフリードリッヒ広場(ドクメンタの中心)は、ナチスドイツの時代に焚書が行われた場所だそうです。

このノイエ・ギャラリーという会場の壁面に並ぶ写真は、ワルシャワ出身のピョートル・ウクランスキーという作家によるナチス兵203名の写真です。

この中に、今も現代美術で活躍するヨーゼフ・ボイスの写真があるということで、その裏にはヨーゼフ・ボイスの作品が実際に設置されているそうで、考えさせられました。

「とても日本ではできない芸術祭だよね。」という参加者の発言がありましたが、私も同感でした。日本の政治のあり方にも、言及がありました。

全体として参加して、大変有意義なものとなりました。

最後は、「公募」の説明会で、遠くからも応募したいという方々が見えて、「富士の山ビエンナーレ」の一般への広がりを感じた次第です。

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