「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」を読む

ある大手書店にて、「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」という本を偶然発見。以前から気になりもっと詳しく知りたいと思っていたことがあり、格好の本だと思ったので無理して買うことに。ちょっと高いけどより深く学ぶために……。

詳しく知りたいとは、どういうことかというと、以下にだいぶ長くなりますが、述べます。

何年か前、詳しい時は忘れてしまいましたが、東京の六本木ヒルズにある森美術館にてレオナルド・ダ・ヴィンチの「レスター手稿」の展覧会が開催されました。この手稿は、インクで書かれた手書きのノートで、インクが褪せるのを防ぐために、一年に一回一つの国でしか公開されないということで、これを逃すと生きているうちに見られないと思い、仲間たちを誘っていち早く観に行きました。

会場は、やはり作品を保護するために、会場自体の照明は点けず、各作品ごとへ、数秒間隔か数十秒間隔かは忘れましたが、鑑賞のためにスポットライトをあてたり、消したりというものでした。

特に川などの水の流れを克明にスケッチした絵が印象的で、いまでも克明に覚えています。

「レスター手稿」とは何かについての詳細は、この直後に紹介する本でこう書かれています。

レオナルドもどこかで述べていたはずだが、万物は流転する。レオナルドの手稿のなかでも重要なものの一つとされるレスター手稿は、水の性質とその利用に関する記述でほぼ埋め尽くされている。これは、1960年代にジュセッピ・ゲッツィがローマに保管されていた手稿収蔵棚から原稿を見つけたことで日の目を見た。1717年にトマス・コーク、後のレスター卿がこの手稿を購入し(それでレスター手稿と呼ばれる)、アーマンド・ハマーが1980年に購入してハマー手稿と改名するまで私蔵されていた。1994年11月11日には、クリスティーが鳴り物入りで(多大の利益も見込んで)オークションにかけ、ヨーロッパの何カ国かをさしおいてアメリカのビル・ゲイツが、私には想像もつかない金額で競り落とした。あっぱれなことにゲイツは呼称を元のレスター手稿に戻し、実物の公開を進めて来た。1996年にニューヨークのアメリカ自然史博物館で開かれた展示会もその一環で、私はそこでついにあこがれの夢のイコンとの対面を果たした。このエッセーのアイデアが最初に浮かんだのはそのときである。レスター手稿は、現時点でアメリカにあるレオナルドの唯一の手稿である。……「ダ・ヴィンチの二枚貝」スティーヴン・ジェイ・グールド著

上に引用した文は、あの有名な世界的ベストセラーとなったカンブリア紀の奇妙な化石動物群を著した「ワンダフル・ライフ」の著者による「ダ・ヴィンチの二枚貝」の一節で、この本は展覧会に行った数日後に、某書店にてこれも偶然見つけて購入したものです。

この本(タイトル「ダ・ヴィンチの二枚貝」は、その内容からいってうまい付け方だと思っている)の最初に、「1章 生きている地球の山を化石に登らせたレオナルド」というエッセーがあるのですが、それを読んで、なぜ、「川などの水の流れを克明にスケッチした」のかが、目から鱗で、なるほどそういうことだったのかとたいへん納得したものです。

このエッセーではたいへん詳しく述べられているのですが、簡単に言えば、ダ・ヴィンチは、貝の化石がなぜ山の上でも発見されるのかを詳細に研究し、また水の流れについても詳細に研究したのかは、地球は、人間と同じように、血液=水として、それを循環させて生きているという当時の見解を真剣に証明しようとしたからなんだそうです。

では、レオナルドが古生物学のデータを用いて擁護しようとしていた地球の理論とはいかなるものだったのか。早い話、レオナルドが熱心に後押ししていたのは、とても近代的とはいえない、当時としては当たり前の見解だった。そしてそれこそが、彼の思想と芸術の中心をなすものでもあった。地球をマクロコズム(大宇宙)、人間の体をミクロコズム(小宇宙)と見立てて対照させ、因果の糸で結ぶという考え方である。……グールド著「ダ・ヴィンチの二枚貝」より

そして、エッセーでは、「モナ・リザ」の絵の謎についても、次のように語っています。

レオナルドが自らの思想の中心に大宇宙と小宇宙のアナロジーを置いていたことを理解するのにうってつけなのが、彼が残したもっとも有名な作品『モナ・リザ』である。その肖像のモデルとされるラ・ジョコンダが座っているバルコニーの向こうには、人間の体じゅうに張り巡らされた血管を血が流れるように地球と天のあいだを水が循環するさまが見て取れる複雑な地形が描かれている。

興味のある方は、ぜひ一読をお勧めします。

そして、冒頭に紹介した本にて、そのことがどのように触れられているのか、その詳細を期待して、いま読み進めているところです。