フェルケール博物館での「カトウマキ初個展」に行ってきた

富士の山ビエンナーレのとき、共に出品作家として知り合いになったカトウマキさんが、フェルケール博物館にて個展を開催しているということで、行ってきました。

なかなか、繊細な作品たちです。特に新作、いろいろな作業を行なっている両手に綺麗に植物が生えているのを描いた作品群が、生活感も出ていて、非常に印象に残りました。

ますます頑張ってくださることを、期待しています。

個展会場「よし川」にいます。

4月6日から始まったよし川での個展も、あと残すところ12日あまりとなりました。

いろいろな方に見ていただき、たいへんありがたいことです。

メインに探求しているテーマとともに、地元のよさを再発見し、広めていきたいという思いで続けていますが、更にエリアを広げて制作していきたいと思いました。

5月6日までやっていて、私がいるのは、あと26日と6日の13時から17時の間のみとなります。是非、お越しください。

2018年を振り返って

国立新美術館

 昨年暮れに、標題の記事を投稿する予定が、多忙につき、新年を迎えてもこんな時期になってしまいました。

 昨年は、ART活動において、めまぐるしい一年でした。5月下旬に開催した湖西市「ときわCafe」での個展からはじまり、11月末に終了した「富士の山ビエンナーレ二〇一八」まで、息つく間もなく駆け抜けた感じです。

 ひとつづつ、成果などを振り返ってみたいと思います。

ときわCafeでの個展

ときわCafe個展
ときわCafe個展

 概要は、「ときわCafe 個展会場に来ています」を参照してください。会期は、5月22日から6月9日までの3週間。個展としては、比較的長く開催しました。開催までの準備、開催中の何回にもわたる会場との往復など、なかなか大変でしたが、いろいろな成果を得ることができました。会期中に同窓会もあったため、久しぶりに「ときわCafe」のオーナー内藤さんをはじめ、多くの同級生たちと恩師に再会できたこと、そこそこに絵画が販売できたことなどがありますが、何より大きな成果として、将来性のある若手作家に出会ったことです。これが縁で、彼女は、その後、独立美術展に初出品して初入選を見事に果たすことができたのです。

第30回静岡独立展

 静岡県立美術館の県民ギャラリーにて、9月11日〜16日の会期で開催。新しい出品者を開拓をと努力して、出品者が増えたことが大きな成果でした。また、湖西市で知り合って出品してもらった若手が、批評会で独立美術協会会員今井信吾先生に、東京の独立美術展への出品を薦めれられたことも成果でした。

 私はといえば、失敗してしまったと思って出品した作品が、思いの外良い評価だったのが良かったと思っています。

第86回独立展

 実は久しぶりに、東京の独立展に出品。入選できたのがまず良かったことです。そして、静岡勢としての成果は、若手作家の岩科利佳さんが賞候補になったこと、湖西市で知り合った藤島愛さんが、初出品で初入選を果たしたことです。私個人としては、いわゆる「新人室」に初めて作品を展示していただいたことです。「新人室」とは

3Fの新人室は、受賞者や賞候補、そして力作が犇めく部屋

……独立クロニクル NO.73 浅見千鶴会員による

だからです。たいへん良かったと思っています。

富士の山ビエンナーレ二〇一八

今回で3回目となる富士の山ビエンナーレ二〇一八。第1回目から実行委員をしていますが、今回は、地元出身作家の公募にエントリーして、見事採用されたのが、大きな成果です。最初は、妖怪シリーズのプランでしたが、極めて普通の地元の風景画のシリーズとなりました。制作意図は、次の通りです。

変わらぬ未来へ
ドローイング
由比で生活を営みながら、こつこつと絵画を作りつづけてきた山崎。絵画に取り組む以前は、漫画家になりたかったという彼は、ペンをもつとさらさらとこの地域の風景を描く。今はテナントが入っていないイケダビルの3階に上がると、薄暗い空間に由比や蒲原、富士本町などの「今」と「ミライ」を表した風景が秩序なく並んでいる。数百年のうちには、地震や噴火が起こるだろうし、それに伴う事故も想定できると山崎は言う。それでも、この地域に向ける彼の眼差しは、今のような平穏な日々がこれからもつづいて欲しいという希望で溢れているように見える。

……ディレクター小澤慶介氏による作品紹介

今回は、ほぼ全ての会場を回ることができ、出品作家たちとの交流もいろいろできて、たいへんこれも大きな成果となりました。

今年も頑張ります。

「十時孝好 動く風景 -立体でも平面でもない-」展を観にフェルケール博物館へ

静岡市清水区に長らく住んでいるのにも関わらず、本日、初めてフェルケール博物館に行きました。「十時孝好 動く風景 -立体でも平面でもない-」展の招待券をいただいたからです。
迫力あり、しかも緻密に描かれており、たいへん圧倒され、感銘いたしました。ウサギをモチーフにした絵画、立体がいちばんいいなと、個人的には思った次第です。
清水港に関する展示も、見学して、帰路に着きました。

「LADY GO! AIKO × 江戸ガールズコレクション」ー東海道広重美術館へ行った

職場のすぐ近くに、「東海道広重美術館」があります。職場にいつもポスターの掲示依頼が来て、その度、招待状をいただくのですが、申し訳ないことにたまにしか利用したことがありません。
しかし、今回受け取ったのは、「LADY GO! AIKO × 江戸ガールズコレクション」展というたいへん異色の企画。さっそく観にいくことにしました。

内容は、次のように案内されています。

世界を舞台に活躍するストリートアーティストAIKOと広重美術館の初のコラボレーションが実現!本展では世界中を旅する現代の絵師AIKOの世界と、広重、三代豊国、国芳をはじめとする歌川派の絵師による女性にフィーチャーした浮世絵を一挙に展示致します。日本初公開となるAIKOの巨大壁画や、浮世絵版画の技法で制作された「亜米利加ノ夢」、東海道や歌舞伎に登場する浮世絵の中の江戸ガールズファッションなど、私たちも身近に感じる作品が満載です。江戸から現代まで、時代を超えて愛される「ガールズ」たちの世界をお楽しみください。ー東海道広重美術館のサイトより

シンガーソングライターの「AIKO」は有名ですが、こちらの作家「AIKO」は、初めて聞きました。しかし、会場での案内を読むと世界的に活躍されているようです。そして、日本での初めての展覧会は、今回のこの広重美術館とのことです。

AIKO 東京生まれ。90年代後半にNYへ渡る。アメリカンポップアートの影響を受け、ストリートアートとグラフィティの分野で活動。
パリ、ロンドンをはじめ、ドバイ、ニューデリー、ヨハネスブルグなど、世界中のさまざまな都市を舞台に作品を発表。近年は、現代アーティストとして海外の様々なアートシーンでも活躍中。ポップでの力強く、和と洋の混在した女性らしい作品は、世界中のファンに愛されている。ー会場の案内板より

案内に、「巨大壁画」とあるので大規模な展示を予想していたのですが、ミニチュアや写真などで、以外にもこじんまりした展示でした。もちろん実物大の作品もありますけれども。

ステンシル技法ということで、浮世絵とのコラボということに納得。そして、後半の女性を描いた浮世絵の数々も、繊細かつ大胆な表現で迫力を感じました。

厚紙やプラスティックフィルムのような固い素材をカッターナイフで切り抜いたもので、スプレーペイントで壁にイメージを吹き付けて写し出す手法ーステンシル技法についてー会場案内板にて

「富士の山現代アートをかたらう会 FGAK」に参加

2月24日、「富士の山現代アートをかたらう会」略して”FGAK”に、絵描き仲間の友人を誘って参加しました。会場は、富士駅前、富士本町商店街にある国登録有形文化財「旧加藤酒店」でした。

静岡県富士市本町10-21

 
入ってすぐは、さすが文化財だけあって、このように古風で良い感じです。

「芸術祭サポーターの活動展開とその後」と題して、「さいたまトリエンナーレ2016」でサポーターコーディネーターとして携わったアーツカウンシル新潟プログラムオフィサーの藤原旅人氏が講演しました。芸術祭サポーターの募集、獲得、育成、その活躍など、さいたまトリエンナーレでの活動をリアルに生き生きと報告されました。人にやる気を出してもらうには自身も苦労した経験があるので、あまり触れられなかったのですが、いろいろな苦労もあったのではないかと考えました。

後半で、参加者が2つのグループに分かれ、各人が住む地域の良いところ、よくないところを、いくつかカードに書き発表し、そして話し合い、それぞれのグループがまとめて「富士の山ビエンナーレ」への提案を行いました。「夜も楽しめるビエンナーレにして、滞在型の取り組みに」という提案は、良いことだと思い特に印象に残っています。

RYU GALLERYに行ってきたー「ワタナベ津雪と美術乙女たち展」

知り合いのお嬢さんが、富士宮の「RYU GALLERY」にて「ワタナベ津雪と美術乙女たち展」というグループ展に出品しているということで、行ってきました。

知り合いのお嬢さん・木村みゆきさんをはじめ、出品者の皆さんの作品は、どれもコンパクトで可愛らしい作品たちでした。ワタナベ津雪美術講師とその教え子たちの展覧会ということでした。

うっかり展覧会の様子を撮影してくるのを忘れてしまったので、案内ハガキの写真を掲載します。

美術講師ワタナベ津雪さんの作品です。

ギャラリーのオーナーにもお会いできまして、前々回お関わりになった富士の山ビエンナーレのお話や、私の作品のお話もできて、たいへん有意義なひと時でした。

静岡県富士宮市万野原新田3920-11

「みんなゲージュツ家」に行った。ードクメンタの話・公募の話

先日、紹介した「富士の山ビエンナーレ」のプレ企画、静岡市清水区蒲原の旧五十嵐邸歯科医院で行われた「みんなゲージュツ家」のイベントに行きました。

午前中に行われた注目のワークショップとして紹介した「消しゴムでハンコを作ろう!」には、仕事の都合で参加できず、午後からの参加となってしまいました。残念でした。

参加メンバーが、Messengerにアップした写真を紹介しておきます。

楽しそうですね。

午後からは、昨年開催された「ドクメンタ」という芸術祭の報告。報告したのは、富士の山ビエンナーレのディレクターを務める小澤慶介さんでした。

実際に行って来たという小澤さんの報告は、50分という短い時間ながら、ユーモアを交え判りやすく、「ドクメンタ」にあまり馴染みがない私もよく理解することができました。

「ドクメンタ」とは何かは、以下の引用を参考に。

ドクメンタの最初の目的は、ナチスドイツが「退廃芸術」として排斥した前衛芸術の名誉回復を行い、芸術を復興させることだった。第一回は1955年で、美術家・建築家・デザイナーであり、カッセル芸術アカデミーの教授だったアーノルド・ボーデの主導で開催。会場のカッセルは戦禍を被っていたため、街の復興という意味合いも含むものとなる。

過去のドクメンタには、カッセル市に7000本の樫の木を植えるプロジェクトを始めたヨーゼフ・ボイスや、ゲルハルト・リヒター、アンディ・ウォーホル、アイ・ウェイウェイなど、世界中の名だたるアーティストが参加してきた。

主に五年ごとの開催であるため、「アート界のオリンピック」とも称されるが、ドクメンタに勝敗はない。規模が大きいにも関わらず、アート・マーケットとは一線を画する存在で、視点が中立的とされる。ーSPICE エンタメ特化型情報メディア スパイスより

いろいろお話があった中で、とくに印象に残っているのは、以下の2つの作品についてのお話です。

アルゼンチン出身のマルタ・ミヌヒンによる「The Parthenon of Books」というパルテノン神殿風の巨大な作品です。

アルゼンチンが軍政だった頃、禁書扱いされた多数の書籍を中心に梱包用のラップで「神殿」に縛り付けたものだそうです。

ちなみに上で引用したサイトでは、この作品が設置されたフリードリッヒ広場(ドクメンタの中心)は、ナチスドイツの時代に焚書が行われた場所だそうです。

このノイエ・ギャラリーという会場の壁面に並ぶ写真は、ワルシャワ出身のピョートル・ウクランスキーという作家によるナチス兵203名の写真です。

この中に、今も現代美術で活躍するヨーゼフ・ボイスの写真があるということで、その裏にはヨーゼフ・ボイスの作品が実際に設置されているそうで、考えさせられました。

「とても日本ではできない芸術祭だよね。」という参加者の発言がありましたが、私も同感でした。日本の政治のあり方にも、言及がありました。

全体として参加して、大変有意義なものとなりました。

最後は、「公募」の説明会で、遠くからも応募したいという方々が見えて、「富士の山ビエンナーレ」の一般への広がりを感じた次第です。

「青山荘」のこと

しばらく前に、日本軽金属の方から「青山荘」のことについて比較的詳しいお話を聞くことができましたので、備忘録としてここに書き留めておきます。

「青山荘」というのは、現在は日本軽金属㈱の所有で、日本軽金属関係の食事会や宴会、接待など迎賓館として使用されている古い和洋折衷の建築物です。一般には開放していません。

JAしみずの「しみずふるさと探訪」というサイトでは、次のように紹介されています。

明治の元勲で宮内大臣も勤めた田中光顕(たなかみつあき)伯爵が大正時代に建てた和洋折衷の白亜の洋館です。
大正7年に、同じく別荘で隠退生活を送っていた富士市岩淵の古谿荘から移り住み、97歳で亡くなる昭和14年まで終の棲家として21年間を過ごしました。田中伯爵は同郷の坂本龍馬、中岡新太郎とともに倒幕運動に身を投じましたが、明治維新後は明治政府につかえて岩倉具視らと欧州を巡察。西洋の文化に触れ、別荘建築にもこの見聞が生かされています。

以上で引用したことと同じような趣旨の話をお聞きした後、①田中伯爵がこれからアルミは重要な産業になると、蒲原にアルミ工場を作るのに力を尽くした縁で、没後、日本軽金属が所有することとなったこと、②坂本龍馬が暗殺された時、真っ先に現場に駆けつけたのが田中伯爵であったこと、③元々は、徳川光圀の別荘「西山荘」と同じ名前を付ける予定だったが恐れ多いので「青山荘」としたこと、なども聞くことができました。

地元にこのような由緒ある建物があるとは知らず、大変感銘した次第です。

静岡県静岡市清水区蒲原中592